Financial Transaction Tax: Myth-Busting
March 2012
Stamp Out Poverty 編
金融取引税を巡る12の誤解
2012年3月(註1)
金融取引税(FTT)は、金融セクターからまとまった額の新たな税収を得ることができる政策オプションとして、現在、幅広い論議の対象となっている。金融危機への対処には膨大なコストがかかった。2009年12月末までにG20先進諸国が銀行救済のために使った費用の総額は、世界のGDPの6.2%、すなわち19760億ドルにのぼる(IMF、2010)。しかも欧米において、失業や公共サービスの切り詰めなどの形でこのコストを担うことになったのは、危機の招来に何ら責任をもたない一般市民だった。金融危機の原因とは何の関係もない発展途上諸国も、保健衛生、開発、インフラ整備、気候変動対策などに当てられるはずだった資金の切り詰め、もしくは支払い繰り延べという形で、大きなコスト負担を余儀なくされた。
FTTは、今も続くグローバルな経済危機に対処するコストの一部分を担えるだけの、有意な額の歳入を上げ得る数少ない政策オプションのひとつである。FTTを導入することで、現在あきらかに課税過少の状態にある金融セクターから、自らの行動の結果である危機に対処するコストを、より多く徴収することができるだろう(これはより公正なことでもある)。重要なのは、FTTが同時に市場を規制し、市場における投機的行為と短期収益主義を減らし、代わりにより持続可能で合理的かつ公正な長期的な経済発展を奨励することだ。
にもかかわらず、また、国際的に見てもFTTへの支持が広がっているのに、反対論者たちはいまだにFTTが経済に与える影響に関する「神話」を広めようとしている。だが、こうした「神話」は事実無根だ。この論文の目的は、こうした「神話」を一掃することである。
金融取引税(FTT)とは何か?
FTTとは、四種類の主要な金融資産の購入、販売、もしくは移転に課せられる小額の税金のことである。ここでいう四種類とは、株式、債券、外国為替、それに各々のデリバティブ(金融派生商品)である。欧州委員会は、株式と債券の取引に0.1パーセント、デリバティブの取引に0.01パーセントの課税を提案している(2011)。また、リーディング・グループ(註2)は2010年、外国為替の取引に0.005パーセントの課税を行うことを提唱して
いる。FTTは、まとまった額の新たな税収源になり得る。EU圏内全域に(通貨に関わる部分は除いて)FTTを課せば、年間570億ユーロの歳入を得ることができる(欧州委員会、2011)。さらに、広範囲にわたるFTT(通貨に関わる部分を含む)をすべての先進諸国で課せば、年間3000億ドル近い歳入を得ることができるだろう(Spratt&Ashford, 2011)。
手始めに、FTTをほかの貿易関連のコストとの関連というコンテクストから見てみよう。FTTの税率0.1パーセントとする場合、これは取引にかかるコストの総額の10パーセント未満に過ぎない。たしかに、それ以外のコスト、「たとえば各種手数料、スプレッド、マーケット・インパクト・コスト、手形交換高、清算費、手数料のやり取り、経営コストなど(Persaud, 2012, p2)」に比べて、とりわけ大きいとは言えない。実際、この程度のFTTを課しても、単に取引関連コストが10年前の水準に戻るだけだ。加えて、10年前の市場が今よりずっと健全であったことは、十分論証可能である。
「神話」その1:FTTは世界一律に実施しないと意味がない?
これは全くのでたらめである。これまで世界で実際に導入されたFTTの例を見てみれば、上記の主張とは正反対に、いくつもの国が一国単位でFTTの導入・活用に成功しているのがわかるだろう(付録1参照)。「FTTは別に珍しいものではない。過去何十年にもわたって40以上の国で恒久的もしくは一時的に導入されている。」(Beitler, 2010)(註3)イギリスで株式取引に課されたFTTが、よい例だ。この税は、有意なほど大きなビジネスの流出を招くことなく、イギリス国内で毎年50億ドルもの歳入を財務省にもたらしている。韓国、南アフリカ、インド、香港、イギリス、ブラジルをはじめとする多くの国々が、FTTでかなりの税収を上げている。たとえばブラジルは、各種資産の取引に様々な税率のFTTを課すことで、2010年一年間で150億ドルの税収を得ている(ブラジル財務省、2011)。こうした現在進行中の成功例を見れば、FTTは必ずしも全世界で一律に実施する必要はないことはあきらかだ。世界中で一律に実施しなければ、金融機関は単に税金逃れのために取引の場を海外へ移すだけだ、というのもまた、妥当性のない「神話」である。IMFも認めているとおり、FTTは「必ずしも、容認できないほどの規模で金融活動を国外に流出させるものではない。」(IMF、2011)FTTがどの程度成功するかは、どれだけうまく税制をデザインするかにかかっている。
「神話」その2:FTTは簡単に脱税できる?
実のところ、税制をうまくデザインすれば、脱税を最小限にするのは簡単だ。つまり、脱税という行為がロー・リスク、ハイ・リターンではなくて、ハイ・リスク、ロー・リターンになるようにすればいいのだ。言い換えれば、税率を低く設定し、脱税を行った場合の罰則を重くすればいいのである。そうすれば、脱税を行うインセンティブは大幅に低くなる。税制の施行を成功させるためには、税金の収納率を上げるという観点から、よいシステムをデザインすることが不可欠だ。以下に述べる二つのデザイン上の原則を守れば、脱税を最小限にとどめることができるだろう。この場合、取引がどこで行われるかは関係ないので、取引の場所を移すことによって脱税を図ることはできないからだ。
欧州委員会が提唱する「居住地原則」(2011)
FTTの徴収は、税を支払う金融機関、もしくは取引の主体がどこにあるか、またはいるか、という居住地原則にのっとって行う。徴収の際に注目すべきは、だれが取引主体かということで、どこで取引が行なわれたか、ではない。たとえば、欧州圏内の一国、フランスがFTTの徴収を決めたとする。その場合、フランスの納税義務者として登録されているすべての企業、もしくは個人が、フランス国内に在住しているか否かを問わず、納税を義務づけられる。対象となる金融資産の取引が世界のどこで行なわれようと関係はない。
「法的所有権移転の原則」(印紙税、と称されることもある)
金融資産の取引があった場合、法的な所有権の移転は、FTTが徴税当局に支払われないかぎり行えないものとする。課税されていない(もしくは印紙が添付されていない)金融取引は、法的な効力を持たない。FTTを支払わなければ契約の結果に法的な拘束力がない、となると、脱税をした当事者は大きな不利益をこうむることになる。法的な所有権がなければ、株の配当を受け取ることもできないし、資産を担保にすることもできないからだ。
「課税を受けていない、すなわち法的な拘束力を持たない証券類は、クリアリングハウスによる公的な決済の対象とされない。この事実は、今日では決定的な重要性を持つ。こうした意味で、FTTはデリバティブのような金融商品に対しても以前に増してふさわしい対策である・・・公的な決済を経ていない証券類を保有していると、自己資本比率規制に抵触するなどして、FTTを支払うよりもはるかに高いコストがかかるのである」(Griffith-Jones and Persaud, 2012, p.9)
こうした要素を勘案すれば、(脱税は)投資家にとってリスクが高すぎる―すなわち、脱税のインセンティブは相当低くなる。
最後に付け加えておきたいのだが、FTT反対論者はFTTに対してほかの税金の場合と比べて「はるかに厳しい基準」を適用している―あらゆる税金は、一定限度は脱税可能なのだ。税の収納率が100パーセント、ということはあり得ない。アメリカ政府の主要な財源となっている所得税を例にとってみよう。内国歳入庁(IRS)による最近の調査によると、脱税率は約19パーセント、金額にして年間3450億ドルという膨大な額にのぼる。しかしながら、1年間に収納される所得税の総額は2兆ドルだ。さすがに、本来入るべき税収の五分の一近くが収納されていないのだから、所得税には価値がない、という人はいないだろう(前出.2012)。課税方法について検討する場合、目標とするのは脱税を最小限にとどめることだ。それは上記の二つの原則を守れば達成できる。だが、脱税をゼロにすることはできない。
「神話」その3:FTTのコストは結局一般庶民が負うことになる?
そんなことはない。FTTを負担するのは、誰よりもまず、金融資産の主たる買い手と売り手である。実際、課税対象となる取引の85パーセント(註4)は銀行その他の金融機関によって行なわれている。その他のなかには、ヘッジファンドのように富裕層の個人を主な顧客とする機関も含まれる。一般庶民は、概して債券やデリバティブなどの金融資産の取引を行わない。FTTは結局誰が負担することになるのかを検証したIMFは、FTTが「きわめて累進的な」税制になるだろうと結論づけている(IMF, 2011, p.35)。すなわち、FTTを負担するのは、キャピタルゲイン課税の場合と同じく、社会でもっとも富裕な企業および個人になるだろう、ということだ。もっとも貧しい人々が不釣合いなほど多額の負担を強いられる付加価値税(VAT)と、好対照であるといえる。
何より重要なのは、投資の対象として1回だけ金融資産を買うのではなく、四六時中金融資産の取引を行い、結果として一番多額のFTTを支払うことになるのは、個人ではなく企業だ、という点である。取引を頻繁に行えば行うほど、多額の税金を納めなくてはならないからだ。FTTはとりわけ、高頻度取引(HFT)(註5)に大きな影響を与えるだろう。HFTを市場の崩壊をもたらす危険な取引で、規制対象とされるか大幅に縮小されるべきだ、と考える多くのエコノミストは、予測される結果を歓迎している。
金融機関、とりわけ銀行は、ATMの利用や住宅ローンをはじめとする各種ローンといった通常の金融サービスの手数料を上げることによって、FTTのコストを間接的に一般顧客に転嫁しようとするのではないか?
こうした事態が生じるとは考えがたい。第一に、立法府は金融機関がそうした方法でコストを利用者に転嫁することを禁じる法律を作ることで、そうした行為を規制できる。第二に、金融セクターはきわめて競争が激しいので、金融機関がコストを利用者に転嫁する可能性は低いだろう―そんなことをすれば、顧客を競争相手に取られてしまうからだ。たとえば、ライバルに比してはるかに多額のFTTを支払わざるを得ないような金融活動を行っている銀行があるとしよう。そうした銀行が、たとえばATMの利用手数料を新たに徴収したり、住宅ローンの金利を上げたりして、顧客にFTTのコストを転嫁し、一方、ライバル銀行はそうしたことを行わなかった場合、コスト転嫁を行った銀行は競争上不利な立場に立たされ、結果として市場におけるシェアを失う危険を冒すことになる。FTT反対論者はお題目を唱えるように、「銀行はいつだってコストを顧客に転嫁しようとする」と言って、われわれを脅かそうとする。しかし競争が激しい市場においては、話は見かけほど、もしくは金融セクターが主張するほど、単純ではない。
「神話」その4:年金生活者が損をさせられる?
年金生活者がFTTのコストを負担させられることはない。ほかの種類の投資家(たとえばヘッジファンドやHFTを行なう機関投資家)に比べて、年金基金は(世界中どこでも)長期的な投資を行なう傾向にあり、買った金融商品を保有しつづけるという戦略をとりがちだ。年金基金の資本のほとんどは長期的視野に立って運用されるので、市場参入時と撤退時に課せられるごく低率の税金は、ほかのコストや利得に比すれば無視してもよいほど小さな要因なのだ。
FTTの影響について語る際に主として考慮しなくてはならないのは、金融商品の保有期間である。FTTの導入によって、短期取引(証券を毎時、取引日であれば一年中毎日、売買すること)を行なうものは、不釣合いに大きなコストを負わされる。中期取引(買った証券を一年以上保持すること)を行なうものにとっては、FTTのコストは最小限であり、長期取引(たとえば10年物の国債を買って、満期まで持ちつづけること)をおこなうものにとっては、無視できるほど小さい。
年金基金がポートフォリオを見直すのは、せいぜい2年に一回程度だ。一方、HFTを行なう投資家は、一日でポートフォリオを丸ごと入れ替えるほど煩瑣に売買を繰り返す―したがって彼らは平均的な年金基金の1666倍のものFTTを支払うことになる (Persaud, 2012)。
さらに重要な違いについても、説明しておかなくてはならない。年金制度は、大きく二つに分けることができる―公的資金を財源とするもの(賦課方式のものや税金によってまかなわれるもの)と、事前積立された資本を運用することから出ているもの(すなわち年金基金)である。FTTの影響を受けるのは、後者のみだ。公的資金は金融市場で運用されることはなく、したがって課税の対象とならないからである。
すべてのヨーロッパ諸国において、年金生活者の収入の優に50パーセント以上は公的資金に由来するものである(オランダ、イギリス、フィンランドの三カ国は、特別な例外だが)。一方、EUに属する11カ国(フランス、ギリシャ、ベルギー、スペイン、ポルトガル、イタリア、ハンガリー、オーストリア、ポーランド、スロバキアそれにチェコ共和国)では、賦課方式の年金の割合は10パーセント未満である。ドイツでは賦課方式は15パーセント。賦課方式の年金が退職者の収入のかなりの部分(20パーセント以上)を占めているのは、6カ国(フィンランド、オランダ、イギリス、デンマーク、アイルランド、スウェーデン)だ。企業サイドや金融ロビーからFTTの影響を心配する声が上がっているのは、これら6カ国においてであり、それはある意味当然だろう。
最後にもうひとつ。FTTは、HFTにともなう構造的なリスクを減らすことで市場の安定に貢献し、長期的な年金の価値を上昇させる。銀行やヘッジファンドは、複雑かつ変動の激しい市場で大量の取引を行なうことで利益を得る傾向がある。取引手数料や営業利益をかすめとり、コンピューターの多用や技術的なアドバンテージを生かしつつ、リスクの大半、場合によっては全部を顧客に負わせるのだ。FTTを導入すれば、銀行がこのように預金者を食い物にして利益を上げる度合を減じることができる。
「神話」その5:FTTは経済成長を阻害し、失業者を増やし、経済に害を与える?
事実はその正反対だ。FTTは経済成長を促進し、雇用を生み出す一助となる。イギリスで(ECが提案しているように)外国為替を含む幅広い金融取引にFTTを課せば、年間84億ポンドの税収を上げると同時にGDPを0.25パーセント押し上げることができる―これは75,000の新たな雇用の創出と同等の効果がある(Persaud, 2012)
加えて、現在FTT課税を行なっている多くの国々の経済が大きく成長しているという事実もある。韓国、香港、インド、ブラジル、台湾、南アフリカ、スイスなどの国々だ。実際、これらの国々の経済は世界的に見てもかなりの急成長を遂げている。
長期的な経済成長の最大の脅威はFTTではなく、金融セクターの暴走である。2009年末時点でのG20先進諸国における金融危機の損害額は、GPD総額の6.2パーセント、すなわち1兆9760億ドルにのぼっている(IMF, 2010)。FTT反対論者は、最近、欧州委員会が公表したインパクト・アセスメント(IA)に掲載された数字を、文脈を無視して取り出し、それを引用してFTTを攻撃している。IAに掲載された数字は、GDPの伸び率がマイナス1.76パーセントになる、というものだ。まず、この数字は「予想できる最悪の事態」がおきた場合にはこうなる、という仮定の上に立ったもので、最終的に確定したものではない。IAの主張は、ECが提唱しているような形でデザインされたFTTが導入されれば、長期的に見て0.53パーセントのGDPの減少が予測される、というものだ。この長期的に見て0.53パーセントという数字は、年率に換算すればほんのわずかに過ぎない。にもかかわらず、反対論者はこのマイナス1.76パーセントという数字を、誤解を招くようなやり方で使い、FTTの影響に関する誤った推論を展開、膨大な数の職が失われるかのように言い立てているのだ。
マイナス0.53パーセントという数字ですら、減少幅を大きく見積もりすぎている。欧州委員会が使用したモデルには、最近、最初のモデルを開発したのと同じメンバーによって改定が加えられている(Lendvai and Raciborki, 2011)。最新版のモデルは、投資に回される資金がどのように調達されるかをより現実を反映する形でシミュレートしている。このモデルを使った予測では、FTTがGDPに与える悪影響は大幅に縮小され、マイナス0.2パーセントに過ぎなくなる。
しかしながら欧州委員会による予測は、改定版でさえ完璧とはいえないモデルに基づいて算出されている。IAはFTT導入によるマイナスの影響だけを計算に入れ、プラスの影響を少しも考慮していないからだ。とりわけ、FTTによって得られた歳入を経済成長をうながすような政策、たとえば雇用の創出やインフラ整備、貧困の緩和などに投資した場合のプラスの効果を無視しているのは問題である。分析を行なうに際して、税の導入によって経済にかかるコストのみを考慮し、税の導入がもたらしうる利益を一切考慮しないというのは、きわめて不誠実な態度だ。欧州委員会税制・関税同盟総局のシェメタ局長も、IAが正確性を欠くことを認めている。局長は、これは世界のひとつの地域全体に幅広いFTTを課した場合、どのような影響があるかをモデル化する初めての試みであり、未完成のプログラムなのだ、と述べている。欧州委員会はこの問題に関する分析をさらに進めて、FTTの歳入を使った政策による経済成長へのプラスの影響も考慮にいれた報告書を近々発表する予定だ。
Griffith-JonesとPersaud(2012)の最近の研究は、経済危機の可能性を減じるというFTT導入のプラスの影響を特に取り上げて論じている。二人の論文は、FTTの導入がGDPに与える影響は、差し引きでプラスになる―(最低でも)約0.25パーセントのプラスになるだろう、と結論している。FTT導入で得られた歳入をうまく累進的に使えば、こうしたプラスの影響をさらに拡大することができる―失業率を下げ、経済を調整して、より持続的かつ公正な成長を可能ならしめることもできるのだ。
より生産性の高いセクターへの人的資源の再分配
金融セクターの異常に高い報酬が、そうでなければ工業、商業、研究などの分野に行く可能性がある、最高の頭脳を持った新卒の学生を金融分野にひきつけている。FTTの導入にともなって金融セクターでも最高額の報酬を得ている人々の収入レベルが下がれば、最高の頭脳を持つ学生が工業技術や製造業にも目を向ける一助となるだろう。そうすれば、より根本的かつ長期的な成長を目指すよう、経済全体を調整しなおす役にも立つはずだ。
より公正な成長
FTTはほかの多くの税金よりも累進的なものになるだろう。これには(ECのImpact Assessmentをはじめとする)十分な証拠がある。したがって、もしほかの税金を廃して(もしくは軽減して)代わりにFTTを課すならば、言い換えると財政の中立性を保つならば、総家計収入のより高い割合が消費に回されるようになるだろう。比較的貧しい世帯の場合、比較的裕福な世帯にくらべると、そのわずかな所得のうち消費に廻す割合が大きいからである。 つまり、もしFTTから得られる歳入の分、所得税かVATの税率を下げることが可能であれば、総需要と成長を伸ばすことができるのである。この効果は、総需要の不足こそが成長率の低迷、もしくは景気後退の重要な要因であると大多数のエコノミストがみなしている現在の状況下では、とりわけ価値があるとみなせるだろう。
「神話」その6:FTTは結果的に雇用を減らす?
そんなことはない。上述したように、FTTの導入はイギリス国内だけでも75,000の新たな雇用を生むだろう(Persaud, 2012)。FTT導入によって得られた歳入の増加分を、上手に累進的に活用すれば、労働市場を刺激し、製造業をはじめとする特定分野での雇用を増加させることができるはずだ。そうすれば、とりわけイギリスでは金融セクターへの依存が過度に高くなっている経済全体のバランスの再調整に貢献することができる。FTTの導入は、ごく特殊な分野、すなわちHFTで働く人々にとっては、比較的少量の雇用の減少を招くかもしれない。しかし経済のほかの諸分野での雇用の上昇は、特定分野での減少を補ってあまりあるので、全体としてみれば雇用は増加するだろう。
「神話」その7:FTTは確かによい政策のようだが、本気でそんなものを導入しようと考えている者などいない?
実際、FTTはこの二年間で多くの人からかなりの支持を集めている。マイクロソフトの創始者で慈善家としても有名なビル・ゲイツをはじめとする、きわめつきの著名人もFTT支持を表明している。ゲイツは2011年11月、G20首脳たちに提出したリポートの中で、特にFTTの導入を勧奨している(註6)ほかにもジョージ・ソロス、アル・ゴア、バン・キムン、コフィー・アナンなどの錚々たる面々がFTTを支持している。2011年には、ノーベル賞を受賞したジョセフ・スティグリッツやポール・クルーグマンをはじめとする一流エコノミスト千人がFTT支持を表明している。また、世界三十カ国の国会議員千人も支持を表明した。2011年を通じて、FTT支持の動きは拡大しつづけた。G20サミットでは、アルゼンチン、ブラジル、フランス、ドイツ、南アフリカの各国がFTT支持を表明した。
今現在、ヨーロッパではFTT導入に向けた強い機運がある。欧州委員会は現在、FTT法案を審議中であり、EU域内の9カ国(フランス、ドイツ、スペイン、イタリア、ポルトガル、ギリシャ、オーストリア、ベルギー、フィンランド)がこの議案を優先的に審議するよう要請している。フランスは口先だけでなく、FTT導入を実行に移した。2012年2月にフランス議会は、イギリスの株式に対する印紙税をモデルにした自国内限定のFTT法案を承認したのである。
最後に、FTTがすでにどれほど世界各国で導入されているかについては、世界FTT地図(補遺1)を参照してもらいたい。
「神話」その8:FTTは市場の流動性を低下させ、資本コストを上昇させて、広義の経済活動に悪影響を与える?
EUが現在検討している規模でFTTを導入すると、取引コストが上昇し、その結果、出来高が減少して流動性が低下し、資本コストが上昇して、ついには投資が減少して経済成長率が鈍り、結局のところ、たいした税収は上げられないだろう、とする論者もいる(Rogoff, 2011)。だが、この議論は多くの事実をあえて隠している。
ここで上述の議論に対して懐疑論を述べる一番わかりやすい理由は、FTT導入によって取引コストが上昇しても、取引コストはせいぜい十年前のレベルに戻るだけだからだ。十年前の市場は、現在の市場よりもずっと健全だった。流動性の問題など、当時はあきらかに存在しなかった(Persaud, 2012年3月)。
次に資本コストの問題に目を向けよう。もし取引コストのわずかな増加が資本コストに有意なほどの影響を与えるというRogoffの論が正しければ、取引コストの急激な下落(コンピューター技術の進歩と規制緩和に由来する)の結果、経済はこの二、三十年で大きく成長していなくてはならないはずだ。しかし、データはこの仮説を支持しない。成長はむしろ取引コストがもっと高かった、市場暴落以前の時期のほうが大きかったのである(Baker, 2011)。
最後に、先にも述べたとおり、FTT導入でもっとも影響を受けるのは、HFTに従事している人々である。HFT従事者は、自分たちが市場に不可欠な流動性を供給していると主張する。だが、その主張はあてにならない。市場がすでに流動的である平常時には、HFTは確かに市場に流動性を供給する。だが、市場が危機に陥ると、HFT従事者はトレンドを先取りしようとして、一番流動性が必要なまさにその時に流動性を極端に低下させてしまうのだ―2010年5月のニューヨーク市場における瞬間暴落のときのように。FTTがHFTを減少させることができるのなら、FTTの導入には市場の構造弾性を向上させるというおまけまでついてくるのだ(Persaud, 2012)。Kapoor(2012)が述べているとおり、それならば、より低い出来高でも、より健全な流動性が供給されるほうがずっといいということだ。FTTの導入は市場から経済上何の目的も果たさない過剰な取引を除く一助となり、結果としてより基本的な経済的動機に基づく取引が残るようにするのだ。
「神話」その9:スウェーデンにおけるFTTの失敗は、FTTが機能しないことの証拠である?
FTT反対論者はしばしば、1984年から1991年にかけて施行されたスウェーデンの株式取引税の失敗を例にとって、FTTが機能しないことの証拠であると論じる。しかしながら、ほかの多くの諸国でFTTが導入され、成功しているのを見れば、スウェーデンの事例はむしろ例外であり、これを一般法則とみなすことはできないのがわかるだろう。スウェーデンのFTTの問題点はデザイン上の欠陥であり、FTTという一般的コンセプトそのものではなかったことは、今では広く知られている。
2010年9月にIMFがG20に提出したリポートは、主な問題点として以下の二つを挙げている。
1. 株式取引税は、登録されたスウェーデンのブローカーを通じておこなわれる取引のみに課されたので、スウェーデン以外のブローカーを通じて取引することで簡単に課税を逃れることができた。その結果、スウェーデン株の取引のかなりの部分が、イギリスのブローカーが扱うところとなった。一方、イギリスの印紙税の場合、イギリスで登録されている企業による株式取引に課税するもので、その取引が世界中どこで行われようと関係ない。さらに印紙税を支払わなければ正式な所有権の譲渡が認められないために、取引の当事者は税金逃れができない。たいていの投資家は、資産の正式な所有権を確定させるためなら、少しくらいの税金は進んで支払うものだ。
2. 1989年から1990年にかけて実施された確定利付債券の取引への課税は、企業ローンやスワップなどの課税対象とならない金融商品への資本のシフトを招いた。
スウェーデンの事例に対するIMFの結論は、FTTを導入すべきではなかった、というものではない。むしろ課税対象を「可能なかぎり拡大すべきだった。課税逃れを防止しするためにはそのほうが望ましい。また、司法・行政の名の下に・・・確実に税が取り立てられるようにすべきだった」(註7)
「神話」その10:FTTはブリュッセルの欧州委員会がEUの財政状態を改善するために導入しようとしているものである?
そうではない。ほかのすべての税金と同じく、FTTも一国単位で徴収される。したがって、その税収を何に使うかは個々の国の政府が決めることだ。FTT導入にもっとも熱心なフランスとドイツは、FTTによる歳入をEUの予算に充てることに反対している。労働組合およびNGOから構成される市民社会は、FTTの税収は欧州委員会に送るよりも、それぞれの国で優先順位の高い課題、たとえば公共サービスの維持や国際公約とした成長目標の達成、気候変動対策などに使うべきだ、としている。
補遺1を見ればわかるとおり、FTTは異常でも何でもない、ごくありふれたものであり、かつ、一国レベルで導入されるものである。しかしながら、複数の国家が協調して課税を行い、合意した共通の目的のために税収を振り向けた例もある。航空券連帯税の税収が、ユニットエイド(UNITAID)という国際機関がエイズや結核、マラリアなどの治療薬を購入する資金に充てられているのがよい例である。税金の徴収は各国政府が行うが、たまった資金はジュネーブにある世界保健機関(WHO)にプールされ、主として発展途上国などで支出されて、大きな成功を収めている。同じように、いくつかの国で徴収されたFTTを共同で使うことも考えられる。新たに得られる税収の一定割合を、保健・衛生分野での国際的な義務を果たすために、たとえば世界基金(Global Fund)(註8)に支出する、もしくは気候変動に対処するために、グリーン気候基金(Green Climate Fund)に支出するなどの例が考えられる。
「神話」その11:FTTが導入されても、政治家たちはその税収を最貧国の開発や気候変動対策に使おうとはしないだろう?
現在の経済状況の下では、FTTによる税収を、国内の必要を満たすためではなく、国際公約を果たすために使わせるのは、実際、難しいだろう。だが、税収の使途をこうした目的に限るという提案が出されたのも、市民団体とその活動が十分考慮に値する政策オプションとなったおかげである。2011年1月に発表された世論調査の結果によると、ヨーロッパでFTT導入を支持する人の割合は61パーセントであるのに対して、不支持の割合は26パーセント。イギリスでのFTTへの支持は65パーセントである。以前発表された別な調査によると、イギリス、フランス、ドイツ、スペイン、イタリアの5カ国では、五人に四人の人が、経済危機が原因で起きた様々な問題は、金融セクターが責任を持って解決すべきだ、と考えている。(註9)
ヨーロッパは金融危機で深刻な影響をこうむったが、発展途上国における危機の影響はよりいっそう深刻なものだった。経済のメルトダウンは貧しい国々に650億ドルもの歳入不足を生じさせた。世界銀行の推計では、このために全世界で新たに6400万人の人々が、一日当たり1.25ドル以下で生活しなくてはならなくなった。外国からの援助額は過去15年間で最大の下げ幅を記録し、出稼ぎ労働者からの送金は激減し、さらに気候変動の影響が加わって、何百万人もが家を失ったり、飢餓に陥ったりする危険にさらされている。世界エイズ・結核・マラリア対策基金は昨年、発展途上国への資金の提供を一時中断せざるを得なかった。生きのびるためには一生涯治療を受けつづけるしかない人々にとって、破滅的な結末を招きかねない事態だ。FTTの導入によって、金融危機の原因を作った人々の資金を、金融危機の原因にはほとんど関係ないにもかかわらず、結果として一番深刻な影響をこうむっている人々に再分配することこそが、公正ではないだろうか。
FTT賛成論者は、導入によって新たに得られた税収のうち一定部分は国内的な必要に応じて使われるべきだが、残りの部分は開発と気候変動への対応という二つの目的のために国際的に使用されるべきだ、と一貫して政府に要請してきた。これまでのところ、政治家たちの反応は好意的だ。フランス、ドイツ両国はともに、FTTの税収の一部は発展途上国の開発と気候変動対策に充てるべきだとの声明を出している。2011年11月のG20サミットでのスピーチの中で、サルコジ大統領は以下のように述べている。「フランスはFTT導入によって上げられる税収の一部、より詳しく言うなら、そのかなりの部分、大半、もしくはそのすべてを、開発の目的に充てるべきだと考える」同様に、ドイツのアンジェラ・メルケル首相は2011年11月、ドイツ議会の開発委員会への声明で、以下のように述べている。「FTTの導入によって上げられる税収の一部分を、開発や気候変動への対応に充てることを議論するべきだろう。」
「神話」その12:FTTよりも金融サービスを対象とするVAT、もしくは金融活動税(FAT)(註10)を課すほうが望ましい?
そんなことはない。FTTが最高の選択であることを示す理由は、いくつもある。第一に、FATやVAT(註11)と違って、FTTには何より金融危機の原因となった有害な経済活動を減少させる効果がある。FTTは金融市場での取引のコストを上げることによってHFTを抑制し、経済の過剰な活性化や構造的なリスクを減じる一助となる。一方、ほかの選択肢によっても税収を上げることはできるが、金融市場における取引行為に直接的に影響を与えることはできず、したがってFTTのような規制効果によるメリットは望めない。
第二に、税収を上げるという観点から見ると、FTTはほかの選択肢よりも大きな歳入の源になり得る可能性を秘めている。もし外国為替市場(FX、金銭自体を取引対象とする)をも対象とする広範な課税が実現すれば、とりわけそうである。欧州委員会は、EUに加盟する27カ国全域でFXを除く範囲でのFTTを導入した場合、570億ユーロの税収が見込まれる、としている。さらに導入先をすべての先進国に広げ、FXも含めて課税を行った場合、3000億ドルに近い歳入が得られるだろう、としている(Spratt and Ashford, 2011)。
第三に、取引清算時に自動的に課税されるFTTは、FATに比べてきわめて税金逃れが難しい。追加的な法人所得税の一種といってもよいFATについては、税金対策戦略を使っていくらでも脱税工作が行える。たとえば、資金をオフショアへ移す、という方法は、これまでにもしばしば大企業や高額所得者である個人が税金逃れのために使っている。
第四は、政治的な次元の問題だ。FTTがよりよい選択肢なのは、それがすでにドイツ、フランス、オーストリア、ベルギーなどの各国、および欧州委員会の支持を得ているからだ。金融セクターへの課税にはいくつもの方法があるが、どれをとっても完璧ではない。この件に関してコンセンサスを得るのは(たとえばEU27カ国内でも)きわめて難しい。であるから、完璧でないからといってよい選択肢を葬り去らないように気をつけることが重要だ。諸政府が、後始末に今現在、多額のコストがかかっている金融危機を引き起こした金融セクターに、少しでも自分の不始末の穴埋めをさせるためにより多額の税金を払わせたい、と考えているならば、とにかくひとつの選択肢を選び、それの導入を徹底して進めることが大切だ。FTTがかくも多くの支持を集めていることが重要なのは、FATやVATもふくめた金融セクターへの課税方法の選択肢で、コンセンサスを得ることができるものは存在しないだろうからだ。だからこそ、FTTひとつを選び出し、その導入に力を集中することが重要なのだ。FTTは潜在的な税収の額という点から見ても、経済を安定させる効果という点から見ても、一番の有力候補だからである。ほかの選択肢に気を散らされ、判断を遅らせてはならない。FTTの支持者は、可能かもしれないほかの選択肢に関わるいつ終わるとも知れない議論に引き込まれないようにすることが大切である。FTT反対論者はこの戦術を使って税制導入を遅らせ、可能ならば永遠に先送りにしようとしている。このシナリオにのせられたら、銀行とヘッジファンドが勝者となり、FTTがもたらす経済の安定化から利益を得るすべての人々、およびFTTがもたらす税収、先進国においては雇用を守り、発展途上国においては命を救うためにどうしても必要な税収から利益を得るはずの人々が敗者となるだろう。
補遺1:世界各国におけるFTTの導入例
世界の金融取引税
青:FTTを導入していたが、その後廃止した国
黄緑:FTTを導入して10億ドル未満の税収をあげている国
オレンジ:FTTを導入して10億ドル以上の税収をあげている国
国名 |
FTTのタイプ |
歴史 |
年間の税収額(億ドル) |
税収額の年度 |
税収額の出典 |
アルゼンチン | 株式、社債、国債および先物取引に0.6%の課税 | 現行 | 39 | 2001 | Beitler(2010) |
オーストラリア | 株式に0.3%、社債と国債に0.6% | 現行 | |||
オーストリア | 株式と社債に0.15% | 現行 | 1.07 | 2005 | Schulmeister et al.(2008) |
ベルギー | 株式に0.17%、社債と国債に0.07% | 現行 | 0.49 | ||
ブラジル | 外国株に1.5%、債券に1.5%、外国為替に0.38%、株式および債券市場への資本の流入に2% | 現行 | 150 | 2010 | ブラジル財務省(2008) |
チリ | 株式および社債の取引コストに18%のVAT | 現行 | 15~20 | 1992~1996 | Beitler(2010) |
中国 | 債券に0.5または0.8% | 現行 | |||
コロンビア | 株式、社債および国債に1.5% | 現行 | 13.7 | 2004 | Beitler(2010) |
デンマーク | 株式と社債に0.5% | 1999年に廃止 | |||
エクアドル | 株式に0.1%、社債に1% | 現行 | |||
フィンランド | 株式に1.6%(HEX電子市場においてのみ)、不動産取引に4%、株式持分に1.6% | 現行 | 3~6 | 2010 | フィンランド財務省(2011) |
フランス | 株式に0.1% | 2012年に導入予定 | 13 | Guardian(2012) | |
ドイツ | 株式に0.5% | 1999年に廃止 | 9.3 | Matheson, 2011 | |
ギリシャ | 株式と社債に0.6% | 現行 | 23.35 | 2005 | Schulmeister et al.(2008) |
グアテマラ | 株式と社債に3% | 現行 | |||
香港 | 株式に0.3%+5ドルの印紙税 | 現行 | 27.9 | 2009 | Persaud(2012) |
インドネシア | 株式に0.1% | 現行 | |||
インド | 株式と社債に0.5% | 現行 | 12.2 | 2008 | Persaud(2012) |
アイルランド | 株式に1% | 現行 | 5.5 | 2009 | Darvas and von Weizsacker(2010) |
イタリア | 株式に1.12% | 1998年に廃止 | 13.5 | ||
日本 | 株式に0.1~0.3%、社債に0.08~0.16% | 1999年に廃止 | 120 | 1980年代 | Beitler(2010) |
マレーシア | 株式と社債に0.5%、国債に0.015%、先物取引に0.0005% | 現行 | |||
モロッコ | 株式に0.14%(+7%のVAT)、社債と国債の取引コストに7%のVAT | 現行 | |||
オランダ | 株式と社債に0.12% | 1990年に廃止 | |||
パキスタン | 株式と社債に0.15% | 現行 | |||
ペルー | 株式、社債および国債に0.008%(+取引コストに18%のVAT) | 現行 | 1.1 | 2004 | Beitler(2010) |
フィリピン | 株式の取引コストに10%のVAT | 現行 | |||
ポルトガル | 株式に0.08%、社債に0.04%、国債に0.008% | 1996年に廃止 | 0.15 | Schulmeister et al.(2008) | |
ロシア | 新たに発行された株式と債券の価値の0.2% | 現行 | |||
シンガポール | 株式に0.2% | 現行 | |||
南アフリカ | 株式に0.25% | 現行 | 14.1 | 2008 | Persaud(2012) |
韓国 | 株式と社債に0.3% | 現行 | 60.8 | 2007 | Persaud(2012) |
スウェーデン | 株式に1% | 1991年に廃止 | 0.5 | 1992 | Beitler(2010) |
スイス | 株式、社債および国債に0.15% | 現行 | 20 | 2007 | Persaud(2012) |
台湾 | 株式に0.3%、社債に0.1%、先物取引に0.05% | 現行 | 33 | 2009 | Persaud(2012) |
トルコ | 株式に0.2%、債券発行に0.6~0.75%の発行手数料 | 現行 | |||
イギリス | 株式に0.5% | 現行 | 58.6 | 2008 | Persaud(2012) |
アメリカ | 株式に0.0013% | 現行 | 10.9 | 2000 | Beitler(2010) |
ベネズエラ | 株式に0.5% | 現行 | |||
ジンバブエ | 株式に0.5% | 現行 |
注釈:いくつかの国については、税収はGDPの何パーセント、という形で提示された。こうした国に関しては、IMF Economic Outlook Data所載の該当国のGDPの値から推算して税収の額を出した。税収の額に関するデータが得られなかった国々については、仮に税収10億ドル未満のグループに含めた。
補遺2:年金に関する補足
年金基金は一度の取引で資産運用担当者(アセット・マネージャー)に資金を全額任せるだけだから、FTTのコストはあまりかからない
投資家は、大雑把に言って二つの種類に分けられる。一つ目は資産オーナーで、年金基金に加えて、保険会社や政府系ファンドもこれに含まれる。二つ目は資産運用担当者(もしくはファンド・マネージャー)で、銀行の資産運用部門、外貨市場のファンド、ヘッジファンド、それにプライベート・エクイティ・ファンド(企業再生ファンド、ベンチャー・キャピタルなどとも称される)などが含まれる。
資産運用担当者は(ここでは仮にヘッジファンドであるとしよう)、資産オーナー(仮に年金基金としよう)の代わりに取引を行う。年金基金は、資金の運用を資産運用担当者に委託する際に、一度だけ取引を行い、資金を担当者のところへ動かす。委託期間は一年以上、時に数年に及ぶ。委託する期間が長いため、年金基金サイドにとっては、取引コストの上昇はわずかである。
FTTの大半を支払うのは、資産運用担当者の側だ。上述したとおり、担当者がどれだけのコストを支払わなくてはならないかは、その投資戦略によって違ってくる。保有期間が短ければ多額のコストを支払わねばならないし、保有期間が長ければ、コストは少額ですむ。FTT反対論者は、資産運用担当者は自分が支払ったコストの90パーセントから100パーセントを年金基金に移転させるだろう、と主張する。だが、この主張が正しいという証拠はどこにもない。むしろコストの上昇分は投資の各段階で分散して負担されるのではないだろうか。市場には競争がつきものであり、資産運用担当者も自分の顧客を失いたくはないだろうからだ。
年金基金は年金が債務過剰になるのを防ぐためにデリバティブを多用しているので、FTTによる税収のかなりの部分を年金基金が負担することになるだろう
年金基金がUSD+450tr(米ドルとNASDAQの主要450銘柄の)利率関連デリバティブ市場における主要な投資家なのは事実である。だが、問題は保有期間である。本質的に相対取引のデリバティブは(リスクヘッジのための)保険の一種だ。年金基金がデリバティブを買うのは、予想したほど利益が上がらなかった場合に備えてポートフォリオに保険をかけるというもっともな必要性があるからだ。そのポートフォリオが十分な利益を上げなくても、デリバティブが不足分を補ってくれるというわけだ。つまりこの場合、デリバティブが買われたのはリスクを回避するためであって、投機目的のためではない。したがって、年金基金は相対取引のデリバティブを満期まで、時には数年間も保有する。その結果、年金基金が支払う少額のFTTは、デリバティブのコストをほんのわずかに押し上げるだけで、長期的なビジネス戦略には何ら影響を与えない。
FTTは年金基金が投資で得る利益を減少させ、年金基金の市場における危機管理能力を削いでしまうだろう
FTTが年金基金のポートフォリオの構成や危機管理戦略に一定の影響を与えるであろうことは、否定できない。だが、それはむしろ目的にかなったことなのだ。年金基金による「忍耐強く」「生産性の高い」資本(たとえばインフラ、環境保護関連、中小企業への融資など)への投資が少なすぎる、年金基金は短期主義的な外部の資本運用担当者に頼りすぎている、というのはだれもが認める事実だ。FTTは年金基金が短期的な取引を減らし、長期的な投資に資金を回す誘因となるだろう。
ポスト金融危機の時代において、金融市場の過度の活性化を十分抑制し、構造的なリスクを大幅に軽減する改革案の一環として、FTTを取り入れるべきだ。年金基金のような長期投資家は、リスク過剰の市場では敗者となってしまう。一方で銀行やヘッジファンドは、カジノのように資本の回転率ばかりを上げて利益を得る。FTTの導入は、不透明で不安定な市場のリスクを引き下げる一助となるだろう。
FTTは実のところ長期的に見れば年金生活者に利益をもたらす
2008年の金融危機で、世界11カ国の主要年金市場における年金基金の資産は、5兆ドルも目減りした。これは資産が19パーセント減少したのと同じことで、総資産は2005年の水準以下にまで減少したことになる(Reuters, 2009)。FTTを導入すれば、HFTにともなう構造的リスクが軽減するので、市場は安定性を増し、ひいては長期的に見た年金の価値が上昇して、年金基金が実質的な損失を受ける将来的なリスクは小さくなるだろう。
最後に、FTTの税収は、年金生活者が頼りにしている医療をはじめとする主要な公共サービスに投資されることを付け加えておこう。
●翻訳: 国際公務労連加盟組合日本協議会(PSI-JC)
(註1) この論文に寄与してくださったことを、以下の方々に感謝したい:David HillmanとChristina Ashford(Stamp Out Poverty)、Hernan Cortes(Ubuntu)、Sarah Anderson (Institute for Policy Studies=米シンクタンク)、Pierre Habbard (TUAC=OECDに対する労働組合諮問委員会)、Cecilia Gondard(欧州議会における社会民主進歩同盟
(註2)革新的な開発資金調達に関するリーディング・グループは、60以上の国からなるグループで、専門家会議を通じてFTTの可能性(中でも最大の市場である外国為替市場を規制下におくことに関する可能性)を幅広く研究している
(註3)それらの国々とは、アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブラジル、チリ、中国、コロンビア、デンマーク、エクアドル、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、グアテマラ、香港、インド、インドネシア、アイルランド、イタリア、日本、マレーシア、モロッコ、オランダ、ニュージーランド、パキスタン、パナマ、ペルー、フィリピン、ポルトガル、ロシア、シンガポール、韓国、スウェーデン、スイス、台湾、イギリス、アメリカ、ベネズエラ、ジンバブエ、である。
(註4)欧州委員会税制・関税同盟総局、Algirdas Semeta局長
(註5)高頻度取引(HFT)とはハイテク機器を使って株式やオプションのような証券の取引を行うことである。きわめて多量の証券をあつかい、コンピューター化されたアルゴリズムを使って入ってくる市場情報を分析し、自己が所有する金融資産の取引戦略を実行に移す。投資のポジションは、ごく短期間、ときには数秒単位で、めまぐるしく変化する。すばやい売り買いが何度も、ときに一日あたり何千、何万回も繰り返される。2010年には、HFTは米国内で行なわれる株式取引の70パーセント以上を占めており、ヨーロッパやアジアでも急速に広がりつつある(ウィキペディアによる)。金融専門家のなかには、HFTの広がりは不健全であり、将来的に市場の不安定化を招く、と考える者もいる。「HFTの急速な広がりは、コンピューターを駆使し、危険なほど安定性を欠く、世界の株式市場をつなぐ取引ネットワークを現出させた。世界の市場は、システム横断的な「瞬間暴落(flash crash)」の危機にさらされている」“Financial Crisis 2: The Rise of the Machines”(R. Gower, 2011)参照
(註6)「FTTはすでに多くの国々で導入され、かなりの税収をあげている。つまり、FTTの導入は技術的に見てあきらかに実現可能であるということだ」2011年11月にG20首脳会議に提出されたビル・ゲイツのリポート、p13
(註7)オーストリアのエコノミストStephan Schulmeisterは、はるかに効果的に設計されたイギリスのFTTと対比させながら、スウェーデンの事例を詳しく分析している。全文は以下のサイトで見ることができる。http://www.wifo.ac.at/wwa/servlet/wwa.upload.DownloadServlet/bdoc/S_2008_FINANCIAL_TRANSACTION_TAX_31819$.PDF
(註8)世界エイズ・結核・マラリア対策基金
(註9)ユーロバロメーター(Eurobarometer)とユーガブ(YouGov)の共同調査、ウィキペディアより
(註10)金融活動税(FAT)は、過剰な利益と報酬に対する課税である。
(註11)金融セクターが現時点ではVATの課税対象となっていないことは、特筆に値する。欧州委員会によると、これによって金融セクターが得ている税制上の優遇は、年間180億ユーロにのぼる。こうした税制上の優遇を受けているのだから、金融セクターはもっと課税されるべきだし、また、より多くの税金を支払う余裕もあるはずだ、と言う論者もある。