今年の夏はとにかく暑く、世界的にも異常気象が頻発しました。11月末日から第28回気候変動枠組締約国会議(COP28)が開催されますが、その主要議題の一つが「損失と損害」基金の立ち上げです。その基金につき、国際社会では革新的資金メカニズムの期待が高まっています。COP開催を前に「損失と損害に関する世界の国会議員の誓い」キャンペーンが立ち上がりしたので紹介します。日本でも国会議員に対してアプローチできればと考えています。
1、今年平均1.2℃上昇で「史上最高の暑さ」、1.5℃や2.4℃上昇となると…
9月14日米航空宇宙局(NASA)は今夏が「史上最高の暑さ」を記録したと発表し、この温暖化は世界中で山火事や熱波と豪雨の要因となった説明しています(注1)。が、これだけの暑さにもかかわらず、産業革命以前から地球の平均気温がどのくらい上昇したかと言えば、IEA(国際エネルギー機関)は1.1℃、英国気象庁は1.08~1.32℃(推定中央値1.20℃)と報告しています。
ところで、2015年のCOP21「パリ協定」では1.5℃上昇を上限努力すると決め、国際社会はそれを目標にしているわけですが、しかし1.5℃で止まったとしても今年の暑さ(+様々な気候災害)の比ではなくなることは明らかです。まして、UNEP(国連環境計画)の昨年10月27日の報告書を読むと空恐ろしくなります。「世界の今の気候変動対策では今世紀末までに産業革命前比で2.8度、各国が約束した温室効果ガス削減目標を達成しても約2.5度、それぞれ上昇してしまう」(注2)、と。いずれにせよ、コロナ・パンデミックに続き、国際社会は人類的危機を迎えていることになります。
2、「損失と損害」基金と「気候正義(Climate Justice)」
気候変動対策には、大きく分けて「緩和策」と「適応策」があります。前者は、CO2など温室効果ガスを削減する政策であり、後者は高温に強い作物育成や避警報装置設置など温暖化に適応していく政策です。そしてこの両者に加えて、昨年のCOP27で「損失と損害(L&D)策」が加わりました。
L&Dについては、30年前から温暖化による海水面上昇によって沈んでしまう小島嶼途上国より提案されてきましたが、先進国側はそれが(CO2排出の歴史的な)「責任と補償」に繋がってしまうことからずっと抵抗してきました。しかし、このL&Dを裏付ける「気候正義」という考え方が、2021年のCOP26で出されるという経緯もあり、先進国側も認めざるを得ませんでした。
気候正義につき、アントニオ・グテーレス国連事務総長は先の国連総会冒頭で次のように述べています。「私たちは…過熱する地球に取り組む決意を固めなければなりません。…温室効果ガスの排出量を削減し、この危機の原因に最も貢献していないにもかかわらず、最も高い代償を払っている人々のために気候正義を確保することです。…G20諸国は温室効果ガス排出量の80%を占めています。彼らが主導しなければならない。」(注3)
気候変動に関する主要問題として、温室効果ガスを歴史的にも大量に排出し気候危機を招いている先進国等と、その悪影響をもろに受けて大きな負担を強いられている途上国・脆弱国との格差であり、その格差を是正していくのが気候正義です。実際、小島嶼途上国のCO2排出量は世界全体の排出量のわずか1.1%に過ぎませんが、海水面上昇で国土を失いつつあります。また、約14億人(世界人口の17%)の人口を持ち大干ばつや洪水などに見舞われているアフリカのCO2排出量は4%未満です。
3、期待される革新的資金調達:ルト大統領、一般演説で金融取引税等を主張
L&D基金の運用はこの11月から始まるCOP28で確立することになりますので、これまで3回の「移行委員会」を行い、さらに9月22日には国連で閣僚会議を開催してきました。ところが、ここでも高所得国(先進国等)と低所得国(途上国等)の対立がいぜんとして続いています。とくに「誰が資金を拠出し、誰が資金を受け取るべきか」という本質的なところで決着ができていません。
22日の閣僚会議での発言を見ますと、低所得国のみならず高所得国からも「革新的資金メカニズム」への期待が述べられています。実際、高所得国では自国財政に余裕がなくODA等の公的資金の拠出が困難なことから、同メカニズムに期待するのでしょう。しかし、その中身についてはアイルランドが「航空・海運ならびに化石燃料会社への課税」を主張したのみでした(注4)。
一方、国連総会の一般討論演説でケニアのウィリアム・ルト大統領は、開発と気候危機に対処するため先のアフリカ気候サミットで挙げたナイロビ宣言を踏まえ、国際金融システムの改革とグローバル資金調達を訴えました。後者についてはグローバル炭素税(航空・海上輸送、化石燃料取引)とグローバル金融取引税を挙げおり、大規模な資金調達にあたっては金融取引税が有効と力説しています(注5)。
気候変動枠組み条約ならびにパリ協定では、途上国への資金供与につき「新規かつ追加的な」資金で行うべきとしているが、これは既存のODAではなく革新的資金調達のことを意味しているはずです。しかし、先進国側は民間資金を利用・動員することで新規&追加資金としてきました。ところが、民間資金はリターンの問題がありますので、貧困国・脆弱国には向かわないという根本的問題を抱えています。
以上から、「L&D」基金は公的資金で、かつグローバル炭素税や金融取引税などのグローバル・タックスによる新規の資金でなければならないこと、このことが必須条件になると思います。
4、「損失と損害に関する世界の国会議員の誓い」キャンペーンが立ち上がる
今年の地球「沸騰時代」を経験し、我が国の被害でもたいへんでしたが、途上国・脆弱国においては国土の3分の1が沈んだ昨年のパキスタンでの大洪水に見られるように、その被害、したがって損失はケタが違っています。同国においては直接生命と生活が危機に見舞われましたが、その後もマラリアやコレラ等の感染症や食料危機が広がり、同国の経済が立ち行かなくなっています。
こうした損失と損害をもろに受けているのがCO2 排出に僅かしか関与していない途上国・脆弱国ですから、「気候正義」を実現するにはCOP28での基金の設立・運営が成功することが何より大切だと思います。
そういうなかで、「損失・損害に関する世界の国会議員の誓い」キャンペーンが立ち上がりました。呼びかけは、ルワンダを拠点に南と北の専門家、活動家などで構成されるThe Loss and Damage Collaboration (L&DC)とアフリカ全大陸51か国の1,000 以上の組織からなるコンソーシアムであるPan-African Climate Justice Alliance(PACJA)です。
「COP28に先立ち、損失と損害に取り組む行動への支持を世界中の国会議員や立法関係者に呼びかけ、私たち全員が共にこの問題に取り組み、最前線にいる人々、特に最貧困層を気候変動の最悪の影響から守るために、私たち一人ひとりが果たすべき役割があることを世界に示そう」と呼びかけ、次の4項目につき各国の国会議員のみなさんに誓っていただくことを要請しています。
UNFCCC 締約国の注目のために
私たち、グローバルノースおよびグローバルサウスの国会議員は、損失と損害が世界中の地域社会に与える影響に深い懸念を抱いている。
私たちは、各国政府を支援し、以下を実施するために行動することを誓う:
1. COP28において、パリ協定およびUNFCCCの衡平性の原則に基づき、あらゆる損失・損害のニーズに対応する救済のための十分な資金が確保された、目的に合った損失・損害基金を運用すること。
2. 損失と損害に対応するため、ローン(有償)ではなく、グラント(無償)という形で重要な新規追加資金を調達し、汚染者負担の原則を法に盛り込むとともに、排出削減を推進するための法整備を強化すること。
3. 損失と損害に対処するための資金が、可能な限り迅速に必要とする地域社会に行き渡り、地域主導で、ジェンダーに対応し、信頼できるものとなるよう、政策的枠組みを導入すること。
4. 気温1.5℃の目標に沿った排出量削減のための政策と法律の実施を早急に導入し、監視すること。
私たちは、気候変動の影響に直面している世界中の人々と連帯し、COP28において、損失・損害基金があらゆるニーズに十分に応えられるよう、私たちそれぞれの立場を活かして、その完全かつ効果的な運用を支持します。
(注1)NASA、23年夏は「史上最高の暑さ」 異常気象の要因に
(注2)Emissions Gap Report 2022
(注3)2023年9月19日国連総会でのグテーレス事務総長の演説(全文)
(注4)L&Dに関する閣僚会議での各国の発言は、Loss and Damage Collaboration の「X」より。またレポートは、こちら。
(注5)ルト・ケニア大統領の演説
(注6)「世界の国会議員の誓い」のWebサイト