[解説]英総選挙で労働党は金融取引税(FTT)実施を掲げ、このこともあってか支持率につき保守党との差を縮めている(22日付ロイター通信)。労働党のFTT提案の意義等について津田久美子氏に分析していただいた(なお、この原稿は1週間前のものであることに注意願います)。
先週末(5月13-14日)、英労働党および同党の影の財務大臣ジョン・マクドネルは、来月8日に実施される総選挙で勝利すれば、「イギリス版金融取引税(以下、英版FTT)」を実施すると発表しました(BBC、FT)。構想としては、イギリスがすでに金融市場で株式の売買に貸している印紙税(Stamp Duty)を、債券やデリバティブへの課税にも拡張する形で実施する、となっています。同党の試算によれば、年間47億ポンド(約6900億円)の税収が見込まれ、これを公共サービスに活用するとのこと。具体的なマニフェストはまだ発表されていませんから(注:20日までに主要政党はマニフェストを発表した)、それに先行して労働党政策の財源が示された形になっています。
このニュースのポイントは3つあると思われます。
1. FTTの周知と議論の活性化へ(労働党敗北が濃厚だとしても)
2. 税収使途と財源論
3. EU FTTとの関係
第一に、連帯税を目指す市民社会としては、歓迎すべき動きでしょう。EUでの検討が停滞していており、仏大統領選でも争点化しなかったFTTが話題となることは、議論の活性化に向けたきっかけとして有効活用することができます。実際、Robin Hood Taxキャンペーンは歓迎の意を表明しています。ただし、英総選挙の世論調査(たとえばBBC)から見ても、保守党の勝利は固く、労働党の議席が減ることが予想されていますので、英版FTTの実現は難しいでしょう。それでも労働党が英版FTT構想を発表したことは前向きに捉えることができます。
具体的には、英版FTTが、既存の税政策であるStamp Dutyの拡張(課税対象を株式からデリバティブなどへも広がる)で実施するという形で打ち出したため、ある面ではFTTがすでに同国には存在している、という事実を市民に広めるきっかけになると期待されます。また、BBCインタビューやハフポスト・ブログで、労働党議員がFTTヘ賛意を表明しており、実際に議論の活性化がにわかに始まっています。
第二に、留意すべき点として、労働党の英版FTT構想は、いわゆる財源論という側面があると言えます。というのは、この税収使途はNHS(国民健康サービス)や教育といった公共サービスに使うとされており、グローバルな連帯という目的は設定されていません。選挙キャンペーンでの構想ですから、国内の再分配だけに関心が向くのは当然といえば当然です。また財源論と言える背景として、少し前に労働党のマニフェスト案が漏洩し報道された際に、打ち出された数多くの社会政策が果たして実現可能なのか、国民にさらなる負担を強いるのではないか、といった批判があがりました。それに対し、具体的な財源はある(FTTに加え、全体的な税制改革や租税回避規制の強化など)と示したという経緯があるのです。おそらく、ここから税収のグローバルな再分配という議論に向かうことは、少なくとも選挙期間中は難しいように思われます。
第三に、英版FTTはEU FTTとは別物として打ち出される予定のようです。にもかかわらず、その課税対象はもともとのEU FTTで検討されていたもの(株式、債券、デリバティブ)を踏襲したものとなっています。むしろ昨今EU FTTをめぐる検討では、課税対象を狭めStamp Dutyに近づいているくらいですから、労働党の構想はFTT支持者にとっては喜ばしい設定です。よって、英版FTTは明らかにEU FTTを参照して構想されていると言えます。
そこで労働党は、英版FTTをEU FTTと切り離して語るよりは、EUとともに協調的に実施することができる、という点を強調し、国民投票でBrexitに反対していた一定数の国民にアピールすることも可能になります。EU FTTにずっと強く反対していた英政府(保守党)は、FTTはシティ・オブ・ロンドンの競争力を削いでしまうという経済的デメリットを強調してきました。しかしEU離脱がハード・ブレグジット(EU市場へのアクセスが閉ざされること)になるのであれば、同様にロンドンから金融サービス業が流出することが恐れられているのです。つまり、シティにダメージを与える(GDP的にも雇用的にも)、というFTTへのお決まりの批判は、Brexitのリスクによって奇妙にも薄められるということになります。
もちろん、労働党の勝利は難しいでしょうから、この点を訴求してもあまり意味がないことも事実です。EUとの協調をアピールするのも諸刃の剣となってしまうでしょう。ですから既に述べたとおり、英版FTTは、あくまでも選挙の文脈で、国内のアジェンダとして終始することになるように思われます。(5月16日 記)