金子文夫氏『格差是正は世界的潮流だが・・・』を転載

「経済分析研究会」のメルマガに掲載された金子文夫・横浜市大名誉教授の『格差是正は世界的潮流だが・・・』を転載します。一点付け加え。ドイツの総選挙で第一党になった社会民主党はコロナ禍で拡大した格差是正のため、最低賃金のUP、高額所得者への所得税の増税、富裕税の再導入、金融取引税等を掲げていました。以下、本文です。

 

 

格差是正は世界的潮流だが・・・

 

 コロナ禍で世界的に格差是正・分配重視の政策潮流が浮上している。米国のバイデン政権は富裕層・大企業増税による子育て・教育等支援策を提起、ドイツは社民党が第1党となり最低賃金引上げ・富裕層増税を主張、中国は習近平政権が「共同富裕」を提唱、日本では岸田政権が分配重視の「新しい資本主義」を表明している。こうした新政策はどれほどの現実性をもつのか、米中日の順にみていこう。

 

薄れるバイデン政権の野心的な政策

 

 バイデン政権は発足早々、二つの大規模な中長期経済政策を打ち出した。一つはインフラ整備を中心とする「米国雇用計画」(8年2.3兆ドル)、もう一つは子育て・教育支援を核とする「米国家族計画」(10年1.8兆ドル)であり、財源は大企業・富裕層増税、金融所得課税強化によるとした。このような大きな政府への路線転換の背景には、米国の貧富の格差がますます拡大し、社会の分断が深まっている現実がある。

 

 しかし、大型計画の議会通過は容易でなく、妥協策の模索が続く。「米国雇用計画」は1兆ドルのインフラ投資法案に縮小され、企業増税の見送りで超党派の合意が成立した。一方「米国家族計画」は雇用計画で残された分野を組み込む形で総額3.5兆ドルの社会福祉投資法案へと再編され、民主党単独で下院の予算決議を通過させた。ただし、それを実施するには歳出・歳入法案を通さねばならないが、下院通過は民主党内の保守派の抵抗により本稿執筆時点で決着していない。

 

 総額の2兆ドルへの削減、法人税率引上げ目標の28%から26.5%への引き下げなど、妥協策が取り沙汰されている。

 

 バイデン政権の野心的な経済政策は次第に薄められており、22年中間選挙に向けてさらに譲歩が繰り返されるだろう。格差是正は一朝一夕にはいかない難題であることがうかがえる。

 

習近平政権の「共同富裕」は掛け声ばかり!?

 

 8月に習近平政権は「共同富裕」新政策を発表した。格差是正のために所得再分配を図るとして、労働政策、税制、寄付奨励の3項目をあげた。労働政策では、インターネットを介して仕事を請け負う配達員など新種の労働者の待遇改善、税制では所得税の累進税率の引き上げのほか、固定資産税、相続税の導入を検討するという。また、経済活動による富の第一次分配、税などの権力による第二次分配のほかに、寄付による第三次分配を設定する考え方が示された。

 

 本気で格差是正を図るのであれば、戸籍制度の改革と税制改革に進むはずだが、実際には第三次分配が焦点化している。寄付要請への大企業・富裕層の反応は素早く、テンセントが農村振興・低所得層支援の基金8500億円設立、アリババが1兆7000億円の拠出を表明、その他大手デジタル企業と経営者の寄付申し出が相次いだ。デジタル企業の迅速な対応は、独占禁止法違反等による企業制裁強化に対する防衛策の意味がある。「共同富裕」は、かつての「先富論」の結果、経済成長が実現して「小康社会」に到達した次の段階の政策とされるが、同時に習近平政権の体制引き締めの意味合いも強い。

 

 2021年になり、ビデオゲームの時間規制、学習塾の規制と閉鎖、高所得芸能人の脱税摘発など、一連の引締め政策が打ち出された。これらは22年秋の第20回共産党大会における習近平長期政権確立を意図した措置だろう。学校教育では「習近平思想」が必修科目となった。そうした権力強化策が真の狙いであるならば、格差是正は掛け声ばかりが目立つ実効性のないものに終わるかもしれない。

 

岸田政権の「成長も分配も」は虻蜂取らず!?

 

 岸田政権は新自由主義からの転換、中間層に手厚い分配政策の重視など、一見するとバイデン政権に似た大きな政府路線に踏み込んだようだ。国会の所信表明演説では、分配戦略として下請け取引監視・賃上げ企業への税制支援、教育費等支援、介護職等の収入引上げなど4項目をあげた。一方それに先立って成長戦略として大学ファンド10兆円、デジタル田園都市国家構想など4項目をあげ、「成長と分配の好循環」と述べている。

 

 「成長と分配の好循環」はアベノミクスで繰り返し言われてきたことで、新しい資本主義でも何でもない。なぜそれが実現できないのかの究明が先ではないか。新自由主義からの転換、格差是正を主張するならば、バイデン政権のように大企業・富裕層増税を打ち出すべきであるが、総裁選で提起した金融所得課税は簡単に引っ込めてしまった。本格的に格差是正に取り組むのであれば、非正規雇用の地位向上、最低賃金の引上げを掲げるべきであるが、その姿勢はみえない。数値目標は成長戦略に示される一方、分配戦略には登場していない。

 

 おそらく「聞く力」を売りにする岸田首相は、各方面からの要請を並べあげるだけで、深く切り込めないのではないか。これでは成長も分配もと言いながら、虻蜂取らずになりかねない。

 

 こうみてくると、米中日3政権の位置する歴史的文脈は異なるが、格差是正を打ち出さざるをえない状況、そしてそれが成功する見通しがない点は共通しているように思われる。

                           (2021年10月16日   記)

早川元日銀理事「為替取引への課税が望ましい」と発言=ブルームバーグ

元日本銀行理事の早川英男東京財団政策研究所主席研究員は、14日のインタビューで、(1)日銀の金融政策、(2)日本経済の現状、(3) 岸田政権の経済政策について発言しています。そのうちの、(3)で「(岸田首相が提起していた)金融所得課税に関して」と思われるところで、以下のように発言しています。

 

● 金融取引への課税は、バブルの発生を抑制する観点を含めてトービン税(為替取引への課税)が望ましいが、金融所得課税の見直しは必要だ

 

なお、「岸田政権の経済政策に関する発言」は次の3点ですが、要旨のみの記述となっています。

 

1)新自由主義の限界が見えていた中で、分配を重視するのは当然。安倍晋三元首相の影響力の下で自身の主張ができず、アベノミクスとの違いがよく分からない

 

2)介護福祉士や保育士らの所得引き上げも、増税で対応するべきだ。そうした支出と財源の捻出が成長にマイナスだとは思わない

 

3)金融取引への課税…必要だ(上記参照)

 

●全文は、ブルームバーグ『2%目標ますます影薄く、「ワン・オブ・ゼムに」-早川元日銀理事』

タックスヘイブン利用実態の第3弾=パンドラ文書暴露さる

またまたタックスヘイブン(租税回避地)の実態が、パナマ文書(16年)やパラダイス文書(17年)に続いて明らかになりました。その名もパンドラ文書。文書の内容に入る前に、タックスヘイブンを巡る状況について。

 

1)タックスヘイブンを利用して税金逃れを行う富裕層や企業によって、世界では年間4270億ドル(約45兆円)もの税収を失っています。

 

2)途上国は先進国よりも失う税金は少ないが、公共支出に与える影響ははるかに大きい(先進国の税損失は公衆衛生予算の8%相当程度だが、途上国は50%以上に相当)。以上、(*)参照。

 

3)ですから、国際連帯税で途上国の保健衛生支援を行っても、タックスヘイブンへの資金流出を抑えることができなければ、まるで火事を消すのに穴の開いたバケツで水をかけるに等しい。

 

4)なお、この「パンドラ文書」には1000人ほどの日本人・企業が記載されているようですが政治家の名前はないとのこと。ただ、著名人と「孫正義氏や平田竹男氏、原丈人氏」の名前が挙がっているとのこと(以上、10月4日付朝日新聞)。

 

以下、パンドラ文書に関する朝日新聞の記事から。

 

 

【朝日新聞】租税回避は不公平の象徴、対策進む 「5年前のパナマと全く異なる」パンドラ文書

 

タックスヘイブン(租税回避地)の実態が「パナマ文書」で報じられてから5年。今回の「パンドラ文書」で、タックスヘイブンとのつながりが判明した世界の政治家や高官は330人を超え、パナマ文書の倍以上だ。ただし、日本からは政治家は見つかっていない。

 

(中略)

 

…大企業や富裕層だけが(引用者注:タックスヘイブンを利用し)税負担を減らして恩恵を受ける一方、しわ寄せは市民が負う。これは不公平の象徴となっている。

 

このため、国際社会は法制度の不備を塞ぐための仕組みを次々と設けてきた。法人の実質的支配者を透明化する制度や、非居住者の銀行口座の情報を国同士で交換する制度などだ。7月には、主要20カ国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議が、法人課税の最低税率を世界的に15%以上とする方針で合意した。

 

(中略)

 

各国で財政悪化や格差の拡大があっても、国際世論の圧力がないとタックスヘイブン対策は進まない。対策を決める立場の政治家たち自身が利用者であることが背景にあるのだろう。その点、これまでの文書が明らかにした限りでは、日本の政治家は比較的、タックスヘイブン利用を控えているようだ。

 

日本は国際社会で対策の仕組みづくりを主導すべきだ。(編集委員・奥山俊宏)

 

(*)タックス・ジャスティス・ネットワークの報告書によると、世界は富裕層や企業の租税回避で年間4270億ドル(約45兆円)の税収を失っているという。このうち2450億ドルは、企業の税金逃れ、1820億ドルは富裕な個人の税金逃れ。

 

【TJN】The State of Tax Justice 2020